2024年12月9日月曜日

感無

STUDIO月の蛙presents 重廣誠バースデーライブ、この日のためにご尽力尽くしてくださった皆様、本当にありがとうございました。

という割にはとても終始アウェイで正反対の1日だったなぁ。お昼も自分以外は皆一緒に食べててオレはひとりだったし、記念写真も真ん中に呼ばれるどころか声もかけられず端っこでなんか逆に一緒に撮るのが申し訳なく思った。

演奏は精一杯したので、悔いはないかな。

けどお客様の反応を主催者に聞いたら、とてもそっけ無い返答しかなく、感動の薄さしか伝わらないコメントしか返ってこなかった。

確かに演奏終わったあと、おめでとうを言いに来てくれたのは2.3人。

ホームラン級のスウィングで盛大な空振り三振 笑。

色々あるんだろうな。。。色々

まさにアウェイの洗礼。

ソロは辛いよ おっかさん。


次に向かってまた頑張るぞ。

2024年12月7日土曜日

覚え書き②

 どんなジャンルの音楽でもさ本気でやらなきゃ面白く無いんだよな。

どんな静かな曲でもさ。

全てを出し尽くさなきゃ面白いものになんか成るわけ無いんだよ。


綺麗事の音楽が多すぎるよ。


オレはそういう音楽は嫌いだな。


少なくてもオレの師匠たちは皆、命懸けの音楽やってるから滅茶苦茶カッコいいんだよな。


みんな賭けるものが小さすぎだよな。


やっと買ったカップ麺1個をさ3日かけて食べたこともあるしさ、バンとかじゃ無い普通の軽自動車の中で何ヶ月も生活したこともあったよ。家が無くて。

地を這うような生活だったことなんて腐るほどあるよ。

それくらい本気で音楽で食べて行くことにこだわった生き方して来たよなぁ。


それが今では税金数百万納めたりさ古いベンツ乗ってさ。

少なくてもオレの周りにはオレを超えるベーシストなんていないぜ。どんなにオレが無名なベーシストでもさ。


Wikipediaなんかにも世界の6弦ベーシストなんて紹介されてるけど、そんなのどうでもいいくらいちっぽけなことだよ。だって覚悟が違い過ぎるよな。明日食べるもののためにこっちは必死でさ音楽やって来たんだから。


自分で自分を褒めたいし、オレはオレがとっても自慢だよ。


たまにはいいよな。そんなこと言っても。

覚え書き①

 私の中にある二つの顔の音楽。

(こんな長文は初めて。流してくださいね)


「雲が降りる庭」

静かで穏やかな美しい景色に見えたり、「時が滴る」のようにただ死の淵を歩く絶望感だけでは無くいわゆるどん底の経験などからなる直接的な心描写。


そして

「津軽じょんから」や「素戔嗚尊」などの神的というか、自分から離れた精神的な心描写。


大きく分けると私の音楽はこの2つ。


そしてこれは批判を買うかも知れないが一般的に言う音楽のベース(ライン)、ハッキリ言ってあれは私としてはなんというのかあまりにも精神という観点からみて、あくまでも私の音楽の視点から見ると、とてもかけ離れて過ぎていてもはや音楽には感じないことがある。


そして、とても偏って感じる。

良し悪しがハッキリすることで、ある意味洗練される部分もあると思うが自分の心との呼応の必要の無い世界観のところにあるように思う。


あれはカッコいいよなぁ…

そう思うベースラインや曲は私もたくさんあるしそれを真似して弾いたり作ったりすることもある。しかしこれは演奏の枠を出ることの無い追求だと思う自分がいる。


私の音楽は、いにしえから未来へ脈々と永遠に続いている自然体の自然界にあるもので、受動的な音楽と、ただそこにあるものの音楽描写なので、決して流行ることは無い。反面廃ることも無い。たとえ私の音楽が無くなったとしても皆、何かと接することがあればそこになんらかの感情が生まれ、また自然はそのまま全く様々なことを意図もせずに動いて行く。

決して無くなることの無い音楽だと思っている。


様々なメディアでもてはやされている音楽は音楽全体から見ればほんのごく一部のものに過ぎないとても小さく、顕微鏡を皆で覗いて喜んでいるに過ぎない。しかし私たちはその顕微鏡の中で生きているのも事実なのだから仕方がない。


もし、音楽が目に見えるとしたらそれは顕微鏡で小さなところを覗いて見える世界だけ(もちろんこの世界が素晴らしく奥深いことが前提での話)ではなく天体望遠鏡で宇宙を見るようなものだと私は思う。


人間中心の理想的音楽はこれからも加速して行くことだとだろう。カッコいいと思うメロディ、リズムを様々な機械や知識、演奏技術の鍛錬によって作られて行くことだろう。


しかし、それとはまた全く違うところにも音楽の存在があることに気が付きより自らが自然体で音楽を取り入れていることが最も尊いことに気付けることだろう。


皆、生まれながらに音楽家であり演奏家であることに。。。


たまたま私が神から与えられた神器が6弦ベースであるのでそれを〇〇らしく弾く必要は全く無いし誰からも求められることも無い。故にとても孤独だ。ベーシストなのにだ。


しかしなぜだかわからないがやらなければならない使命のようなものを感じてやり始め早30年以上の月日が流れ裕福ではないが音楽家として活かして貰えていることに感謝します。


今私(皆さん自身もね)が生きている証をたくさんの方々が作ってくれている「今」に心から感謝します。


音楽に活かされていることを日々感じて🙏

2024年11月16日土曜日

アルビノーニのアダージョ

 そんな心境がずっと続いてる。

暗い曲ばかりで、テンポも遅い曲ばかり。

曲が悪い訳ではなく私の心情がどうにも暗い。


医学が進化しているから平均寿命は伸びてるし薬漬けでも生きられるようにはなったのかも知れないが、父方の男性は皆70前後で無くなっている。

68才で亡くなるのが最も多いことを考えるとあと10年。やりたいことをやらないと終わってしまう。反面あと10年しか無いと思うと落ち込んでしまいどうにも陰気になってしまった。

無意識だと思っていたけどやっぱりどこかで意識していて選曲が暗くなってしまいつまらない雰囲気になってしまいがちだ。

このまま終わってしまうのかなと思うと後悔しそうだ。

そうならないためにも今を一生懸命に生きないとだなって思うけどね。

ライブ活動もしたく無い訳では無いですが何かが引っかかってしまって行動に移せないでいる。

本当にあと10年しか無かったら躊躇してる暇は無いはずなのに。

そう思うと長生きできるのかもしれないと思ったりする。

いずれにしても、1日1日を一生懸命に生きて行こうと思う。

2024年11月15日金曜日

配信の難しさ

 配信ライブって本当に難しいです。

別にYouTuberになりたい訳では無いですがやるからにはみてもらいたいものですよね。

コンテンツももちろん大切ですが、むしろ編集技術やカメラワークはとても重要になるように思います。

特にライブ配信ともなると固定のカメラで魅せることよりも複数台のカメラアングルを切り替えながやる方が良かったりします。


ポイントは大きくは演奏とMCの2つですが、どちらも顔のアップは多めで一対一で話しているようにする必要があるように感じる。

バンドでの出演の場合は、歌がメインでほ他はソロの時にパーンするのですがこれがまた視聴者さんの目線で見たいところにパーンなかなかうまく出来ないのが残念。

兎にも角にも難しいことだらけ。

何かきっかけを見つけてここから離脱しなくては!

2024年11月5日火曜日

んー…

 激しい頭痛。

苦しいなぁ もう。

2年前はこれが毎日で辛かったなぁ。

久し振りだな、この痛み。

ちょっと頑張ると出てしまうのだろうか。

また軽い脳梗塞なのかな。

前はこの痛みの後にひどくなって病院で脳梗塞があったことを告げられたっけな。


相変わらずこの痛みはキツイなぁ。


どんなに痛いと言ってもスルーされてしまうし相手にもされないことはわかってるから期待する方が間違ってる。


今日は昼間から疲れきっていたから車の運転も自信はあまりなかった。ここ最近そんなことが増えてきてる。

それにしても痛い。


2024年10月22日火曜日

熊本から1週間

 ただいまです。

熊本の2本から戻って1週間。まだ疲れを引きずっている感じで体力がかなり落ちてるのを感じますね。

13日(日)長崎次郎喫茶室さんでのレトロ街角コンサート、堀ご夫妻のステキなコンサートに伴奏とソロで参加。堀ご夫妻の心温まる気配りと思いに時間が経つごとに染みてくる。

長崎次郎喫茶室に思い出に浸りにまた行きたい、そんな気分。


14(月祝)藤平さん主催のにじのコンサートはもう言葉に出来ない程の感激の渦でした。

またみなさんと会えるような奇跡が起こるようなことがあったら嬉しい!


ソロライブを終えて…

今回は主催の意向で各ステージとも30分のソロライブコーナーがありました。

率直な感想としましては、まずはこのような機会を与えて頂きとても感謝です。

九州ではこの10数年間ソロ自体はやらずに来ました。

理由は安請け合いが出来ないから。。。

弦代と交通費だけでも片手行ってしまうことを考えると楽龍時でやる方が余程堅実だ。さらには弦代すら貰えないような本番を依頼してくる輩もいるので流石に受け入れ難い話もたまにある。

そのような最低限のコストが出ない本番は全てお断りせざるを得ない。

そのことがとても伝わりづらい中、今回の2本はコスト受け入れを理解して貰えてとても助かりました。

九州だとどうしても10万円でもボランティアになってしまうので、CDなどの物販が無いととても難しいのですが最近ではプレイヤーを持たない方もとても多いのでCDも売れないですから尚更考えさせられますね。


それでもこれ以上はご迷惑をかけることは申し訳ないと思い、ライブ終了後に宿は取らずにその日のうちに熊本から帰宅をしたのですが、羽田空港から自宅があまりに遠い。

熊本から羽田までは90分なのに、羽田から自宅は電車だと2時間以上かかる。しかも最終間際になるので大荷物を抱えてのラッシュアワー。正直酔ってしまう。


もう一晩泊まって疲れが残らない感じで本番が出来るゆとりが生まれるようになることを願って。


それを踏まえるとなかなかFoderaを出すのが難しくなるのでIbanez SR5006にすることが可能ではあるがそれでも弦代6000円。いかに厳しい現状かはとても分かりにくいようだ。


普通の4弦ベースの弦でも3000円からで平均で5000円くらいになる。その中においてIbanezに張っている6弦で6000円というのがいかに破格か少しは伝わるかなと思う。しかしFoderaになると一気に15000円〜になり20000円はみなければならない。Foderaは仕方がないのだ。そういう楽器なのだから。しかしその分も出ない本番が多いことにも泣けてくるので、今では極力断るようにした。


さてと、今後のライブ活動はどうなって行くのか楽しみです。