Foderaの5弦を先日手放し、そして4弦も手放すことにした。
様々な問題が解決する中、また問題が起きた。
不思議なカタチで1台の楽器が目の前に現れた。
これはなかなか解決するのが難しい。
というのもその楽器は女性で言えば間違いなく美人だ。性格もいい。
当たり前だが金額も180万円となかなかだ。
しかし、問題なのはその金額では無く本当に自分に必要なのかどうかだ。
5弦や4弦同様に欲のために持つような楽器は自分には不要になってしまうから。
そうなればまた手放すことになるのは目に見えている。
少し考えよう。
自分に本当に必要な楽器以外は手元に置くべきでは無いんだよな。
趣味でたくさんの楽器を持つことは一般的には悪いことでは全く無いのだけど、自分には楽器はモノでは無く大切な仲間でありたい。そう思えるから。だから趣味嗜好の欲で手に入れた楽器たちはどうにも手元には残らない。
真に信頼出来る仲間こそが自分にとっての仲間でありたい。
人は心変わりをするものだけど楽器は変わらない。
変わるとすれば人間である自分の方。
それだけの魅力ある楽器こそ、自分には神器であり音の器だ。そんな楽器であるかどうかを見極めることは自分にとっては人との関係よりももっと大切なことなんだ。
Foderaだということだけで信じて手に入れた5弦と4弦だったが、それは間違いだった。信じるべきはブランドでは無く楽器そのものなんだね。
ブランドに走った自分こそ残念な自分。
向き合い、真に許せる楽器とだけ向き合い、奏で続けられる楽器だけが手元にある方が幸せだなと思う変わったやつなんだよなあ。
なので弾かない楽器が手元にあるのは大きな罪悪感を感じてしまうんだよね。
奏でられるために精魂込めて作られた楽器だから。。。